達人コラム
2015.06.23 | 高齢社会、生活スタイル
シニア世代の主婦にとって、家事は単なる「労働」や「役割」以上の大きな意味合いを持っています。長年、介護の仕事に携わり、ご自身も介護者になった経験を生かして、新しい介護の在り方を提案する介護ディレクターの小黒信也さんに、高齢者が家事を続けていくための心の持ちようや家族の寄り添い方についてお話をうかがいました。
『くらしの現場レポート:シニア主婦のがんばる家事 知恵と経験が支え。体力が続く限り続けたい』で、シニアの皆さんが家事をきちんとやっているとの報告を聞き、本当にすばらしいと思いました。自分でできるうちはどんどんやったほうがいいし、積極的に家事をすることに私は大賛成です。初めは単なる「役割」でも、継続することで「誇り」に変わり、それが「生きる意欲」へとつながっていくからです。
誇りを持ってずっと家事に取り組んできた方からは、やらなくなったら「自分ではなくなってしまう」という声も聞かれます。「お母さんは無理しなくていいから」と仕事を取り上げればプライドを傷つけますし、自分でできるのに「やらせてもらえない」という思いにさせるのは、決して良いことではありません。まだまだ必要とされている、頼られているということが、高齢者を元気にさせるのです。
高齢者が家事を行う上でしんどいことがあるなら、何が大変なのかを一緒に考えてみます。たとえば「掃除」をひとくくりで考えるのではなく、一つずつ工程を振り返り、やりやすくなるように工夫して、できるところだけでも続けるのです。おそうじロボットを使えばそれで完結しますが、すべて便利なものに頼ってバリアフリーにするよりも、少しバリアがあってもそれを乗り越えることが重要だと私は考えます。
『くらしの現場レポート』でも、皆さんが家事をやりやすくするために、さまざまな工夫をしていて感心しました。使うものが変わると途端にできなくなってしまうこともあるので、慣れ親しんだものを自分なりにアレンジしたほうが使い勝手がよい場合もあります。経験を積み重ねた素晴らしいノウハウを持っているので、やりにくさを克服する力を大いに発揮してもらいましょう。
家事は重労働で大変というイメージがあるかもしれませんが、「労働」ではなく適度な「運動」だと考えてみましょう。家事で体を動かせば筋力もつき、リハビリにつながることもあります。人に任せれば楽はできるけれど、自分でできていたことまでできなくなり、廃用症候群※になることもあります。つまり、家事で適度に体を動かすことが、介護予防になっているのです。
本人も家族も「もう歳だからできない」という固定観念を持ってしまうことが多く、やってあげるほうが簡単な場合もあります。けれども、手助けをする前に、本人ができそうなことはできるように見守って、やる気がなくなったら「もうちょっとだけがんばろう」とやる気を引き出してあげましょう。「見守り」「促し」「励ます」ことが大切なのです。
※体を動かさない状態が続くことによって、心身の機能が低下して動けなくなること。
家事を続けることには、日常作業以上の意味合いがあります。たとえば、洗濯して洋服がきれいになれば、それを着て外出したいという思いも出てきますし、掃除をして部屋が片づけば人を招きたくなり、そこからコミュニケーションも生まれます。料理ならテレビで見たおいしそうなものを作ってみようと思うことで、意欲がわくこともあるでしょう。
人にはそれぞれ、前向きになれるやる気のスイッチやモチベーションがありますが、家事は生活全般のさまざまなことに関連しているので、気づかぬうちに生活の活性化につながっています。それが自然と介護予防になっていくのですから、その先にあるものを見据えて、家事に向き合っていくことが大切です。
Profile
介護事業所勤務を経て、独立。訪問介護・居宅介護支援事業を行う。実父が認知症を患い、自らが介護者となった経験を生かし、「介護準備」や 「仕事と介護の両立」をテーマにした講演活動や介護者サポート事業を展開。企業向けに高齢者体験ワークショップを行い商品開発などのサポートに取り組む。ライフワークではポジティブケアの推進、地域の社会資源発掘をテーマに活動中。