達人コラム

慶應義塾大学教授 夏野剛先生
生活にゲーム性を取り入れて楽しく習慣化

2017.10.03 | 生活スタイル

【達人コラム】慶應義塾大学教授 夏野剛先生

2016年夏にリリースされ、世界を熱狂させた位置情報ゲームアプリ『ポケモン GO』(以下ポケモン GO)。「人を外に連れ出すゲーム」というコンセプトで社会現象となり、生活習慣の変化にもつながっていきました。こうしたスマホアプリやITサービスは、今後、私たちの生活をどのように変えていくのでしょうか?「iモードの生みの親」である夏野剛先生にお話をうかがいました。

ポケモン GOがもたらした「人を動かす」好循環

ポケモン GOは、私もリリース直後にダウンロードし、犬の散歩をしながらポケモンを探したり、今でもちょこちょこやっています。『くらしの現場レポート:ふだんの生活に嬉しい変化 ポケモン GOの「楽しさ」は体も心も動かす』で、40〜60代の人が今でもポケモン GOを継続し、習慣化しているという現状を聞いて、このゲームの特徴が非常によく現れている結果だと納得しました。スマホのアプリゲームの典型的な特徴として、「仲間を作る」、「習慣化する」というものがあり、ポケモン GOもそれに当てはまります。どんどん課金をしないと先に進めないゲームが多い中で、ポケモン GOは課金なしでも十分に楽しめ、自分のペースでプレイできること、小さな達成感が得られること、キャラクターのかわいらしさなどの点から、これまでゲームになじみのなかった世代にも広く受け入れられたのだと思います。

また、スマホカメラとの連動でAR(拡張現実)を取り入れて、現実世界にポケモンが現れたように見えることも大きな勝因。街中に出かけて、リアルなロケーションでポケモンを捕まえるという楽しさがあります。『くらしの現場レポート』で「歩く時間が増加した」という報告があり、間接的に身体的・精神的な健康につながっているケースもあるようでした。開発側にそこまでの意図はなかったでしょうが、歩くことが習慣になると健康意識が高まり、それじゃあ食事にも少し気をつけてみようかなというような好循環が生まれるのかもしれないと思います。

国の施策にももっとエンタメ性を

日本の医療費が40兆円を超えている今、国も生活習慣病予防に「運動をしましょう」「健康診断受けましょう」と呼びかけていますが、それだけでは楽しい要素はなく、苦行を強いられるようで長続きしません。人を楽しませて熱中させるゲームの要素を利用して、消費者のモチベーションを向上させる取り組みを「ゲーミフィケーション」(Gamification)といいますが、これは生活やさまざまなサービスに応用することができます。私は、ヘルスケア政策にも生活者が楽しいと思える要素をもっと取り入れるべきだと考えていて、ポケモン GOがそれを示してくれたと思っています。

健康意識は病中や病後の人は高いけれど、病前の「自分は健康」だと思っている人にはまじめなメッセージだけではなかなか届かないので、今までとは違った角度も必要ではないでしょうか。IoT(Internet of Things/あらゆる物がインターネットでつながることで実現するサービス)を導入して、IoTデバイスから連携すると保険会社の保険料が安くなるというような経済面では活用されていますが、もっとエンターテインメント性の導入を検討すべきなのです。

ゲームの要素とは、スマホゲームやアプリなどに限ったことではありません。あらゆる世代に対応するためには、例えば、「毎日1万歩を3カ月続けた」「病院に1年間かからなかった」とか、スタンプラリーみたいに継続したことに対して何か「ご褒美」がもらえるという仕組みをつくる。継続することで達成感も得られますし、もらったご褒美を人に自慢することもモチベーションになります。ヘルスケアに限らず、何事もやる気のスイッチを押す仕掛け作りが大切です。

夏野剛さん

ネット普及で「財布の中身の取り合い」から「時間の取り合い」の時代へ

インターネットが普及した2000年代以降、顧客サービスに対する考え方は大きく変わっています。2000年以前は、顧客の「財布の中身の取り合い」と言われ、私が携帯電話のサービスに関わっていた頃は、携帯の通話料にお金がかかるから他の商品やサービスにまでお金が回らない、という議論がありました。

けれども、今は「時間の取り合い」です。ネットに情報があふれていますし、夜中でも時間を気にせずいろいろなことができるようになり、時間がいくらあっても足りません。誰もが平等に24時間しか持っていないなかで、いかに自社に時間を使ってもらえるか……。「時間を使う」ということはその人の意思であり意識なので、そこに訴えかけることは非常にハードルが高いのです。
20世紀はお金という経済インセンティブで人が動いたけれど、現代では人の関心をどうやって惹きつけるかというモチベーションマネージメントが非常に重要になってきています。企業も国や行政もそこに気づかずに古い価値観のままでいると、時代のニーズをつかみ損ねてしまいます。

夏野剛さん

ITや新しいことを恐れずにひとまず受け入れてみよう

こうしたIT関連のお話をすると、「ついていけない」という苦手意識や「何か怖い」というイメージをもつ人も多いようですが、技術的に見たらもう既にこの15年間で私たちの生活は激変しています。10年前にはなかったスマホも、多くの人が普通に受け入れて使いこなしていますよね。つまり、テクノロジーは怖くないということを、過去の十数年が証明したのです。だから、恐れるに足らず。新しいことが始まるという未来予測をするとき、食わず嫌い(と私は呼んでいます)は本当に損です。これは国の政策でもビジネスでも、日常生活でもすべてに共通しています。新しいものが出てきたら、ちょっと様子を見ようとかまだ待っておこうと構えずに、絶対に使ったほうがいいんです。我々はインターネット普及後の、この十数年間のものすごい変化を体験してきたのですから、自信を持ってチャレンジしてみましょう。

Profile

慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授  夏野剛(なつのたけし)先生

慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授
夏野剛(なつのたけし)先生

1988年早稲田大学卒、東京ガス入社。1995年ペンシルベニア大学経営大学院卒。1997年NTTドコモに入社し、「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げた。2005年同社執行役員、08年に退社。現在は慶應義塾大学政策メディア・研究科特別招聘教授のほか、ドワンゴ、セガサミー、グリー、トランスコスモス、DLE、U-NEXT、日本オラクル、クールジャパン機構などの取締役を兼任。著書『ケータイの未来』『ビジョンがあればプランはいらない 夏野式自分の殻を破る40の言葉』『「当たり前」の戦略思考』等多数。

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