『ViVi』や『VOGUE GIRL』など数々の雑誌とともに、時代のトレンドを牽引してきたファッションエディターの軍地彩弓さん。今回軍地さんに、「#これからもずっと着たい服」をきっかけに、私たちはこれからの世界や未来のことをどんな風に考えたらよいのか、そのヒントをいただきました。
まず軍地さんにコロナ禍でどのように人々の意識が変容したのかをお聞きしました。
「外向きだった意識が内向きになったと考えています。“お出かけできない”というフィジカルな意味はもちろんですが、行動をきっかけにメンタルな意味でも内に向かっていると思います。同時にインナースペースの重要性が増してきました。私自身もそうですが、自宅で過ごす時間が増えたので、部屋もまめに掃除をしたり、模様替えをしたり、断捨離をしたり。新しい生活様式に合わせて、少しずつ暮らしを整えています。この“整える”というのはキーワードになっているかなと思います」
服の選び方やお手入れも変わっているとお考えだという軍地さん。
「もちろん、服の選び方も変わりました。インナースペースでどのように“リラックスしながらおしゃれに過ごすか”がポイントですね。肌触りや質感にこだわる人も増えていると思います。私は“香り”が特に気になるようになりました。部屋にいることで、ファブリックの香りを自分好みのものに変えたり、無香料のものにしたりと、今までよりも意識的に選ぶようになったと思います。あとは、家にいる時間が増えたので、大事な服をていねいに手洗いしたり、ちょっとしたほつれを直したりと、『すでにあるものを大事にしよう』という気持ちに、自然となりました」
コロナ禍においてファッション市場も変化しているといいます。
「これまでは、シーズンごとに店頭である意味オートマティックに服を買っていたんです。“でも待てよ?そもそもシーズンはどうあるべきだろうか?”とファッション業界自体が考えはじめています。例えば緊急事態宣言の影響で店頭の春夏ものが売れ残ってしまったんですね。それらの商品の販売を秋口まで伸ばしたんです。結果的に売れ残りを削減できて、シーズンとはブランドの都合でしかなかったのではないかと、有名ブランドなども既定路線の春夏秋冬といシーズン概念が崩れ出すような動きが顕著です。一方で20代を中心に古着が好きな層が増えだしています。新しい価値観で古いものをミックスする、現在進行形の自分のマインドで着やすい服なら新作でなくても全然いいという感覚なんですよね」
若年層の感覚が変化することで、消費に対する意識も変わってきているのでしょうか?
「シーズンの概念も薄れて、古着が愛される。広い意味で捉えると古いものの価値と新しいものの価値が並列になってきていると思います。新と旧を隔てるものが曖昧になってきたんです。今まで消費に対してどこか躁状態というか…バブル時代以降、消費ありきの感覚をどこかしら引きずっていたように思います。今は業界全体がコロナ禍を経て強制的に夢から覚めたみたいな感覚になっていますね。私はよく“消費から投資の時代へ”って話していますが、新しく服を買うときも、二次流通をさせやすい定番的アイテムやブランドを選ぶ人が増えていると感じます。真の定番は、ロングライフで楽しんでも値段が落ちにくく、結果的にコストパフォーマンスがいいとみんな気がついてきているんです。これを受けてハイブランドでも“エッセンシャルライン”というシーズン問わず買えるを定番ラインを作っています。ただただ消費するのではなく、リセール市場などで循環させた時の価値までを考える。これは、やはり単純な消費ではなくて、広義で投資的と言えるのではないかと考えていますね」
今回、花王が独自に調査したアンケートの結果、衣服の平均年齢は4.9年、理想は6.3年は着続けたいと思っていることがわかりました。意外と長くお気に入りの服を着続けたいという意識があるようです。
「特に今の10~20代は、サステナブル・エシカルの教育が進んでいます。ものを循環的に使うことが当たり前の世代なんです。若いデザイナーと話していても、アップサイクル・ジェンダーレス・SDGsの観点からもの創りがはじまるんです。古着のオートクチュールや、再生ポリを使ったアイテム。想いや考え方に共感できるブランドがこれからどんどんと増えると思いますし、きっと多くの人に選ばれると思っています」
実はこうしたサステナブルな考え方は、日本にとって馴染み深いものではないかと軍地さんは考えています。
「こういったサステナブルな文化って、実は日本にはすごく古くからあるものだと思います。もともと日本では、里山文化に代表されるような循環できる社会がありました。例えば着物。親から子へ何代にも渡って寸法を直し、繕い、引き継いでいくものです。何世代も大事に使って、最後には雑巾になるまで“布を始末する”。他にも金継ぎなど、“なおす”ための素敵な技がたくさんあります。昔の日本こそ、サステナブル大国と呼べるかもしれません」
「今年8月末に開催された障がい者の世界スポーツ大会の閉会式で、参加者の衣装が全員違うことに感動しました。多様な人たちが、それぞれの衣装で楽しむ姿は、多様性を象徴していたように思います。時代が変わる少し前にまずファッションに変化が訪れます。ファッションは変化する時代の灯台であり、人の気持ちを緩やかに変えてくれる力があります。私は、これからの未来がこの閉会式のようにカラフルで多様なものだといいなと思います。お互いのことを気にしすぎず、自分らしくいれる世界を思い描いています。一方で“多様であること”“自己表現をすること”に息苦しさを感じる方もいらっしゃると思います。カラフルであることが万人のハッピーではないですから。例えば色のないアイテムを選ぶこともひとつの個性だと思います。他者を意識しすぎることなく、みんな違うことの自然さが社会に根付くことを願っています」
軍地さんにこれからの未来とファッションについてお話いただきました。
「デジタルの社会実装にともない、画一化で効率化が進む世界で、それぞれがどんな生き方を選ぶのか。今一度自分自身が、何気なく選んでいる服から考えてみるといいのかもしれませんね。ファッションはいつも私たちの未来を先見して、彩ってくれるものだと思います」
最後にファッションは自分自身を見つめ直すための手段としても大事なことだと、軍地さんは教えてくれました。
「ファッションの概念自体が少しずつ変化しています。SNSを通してファッションの承認欲求が満たされやすくなっている今だからこそ、承認欲求の先の「私はいったい何者なんだろう?」というような本質を考え続けないと、自分自身が苦しくなってしまうように思います。そうならないためにも、ぜひ自分の本当に好きな服を見つけ、大切にする時間を持って欲しいです。きっとその時間は、自分らしさを育ててくれます。“#これからもずっと着たい服”はきっとそのための素敵な手段になり得ると信じています」
大学在学中から講談社でライターのキャリアをスタート。卒業と同時に『ViVi』でフリーライターとして活動。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、株式会社gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、経済産業省「アパレルサプライチェーン研究会」委員他、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター、メルカリ「マーケットプレイスのあり方に関する有識者会議」委員等幅広く活躍。