達人コラム

医科学博士 的場美芳子先生
高齢者のQOLを高めるペットとの暮らし

2020.09.08

犬や猫との暮らしは、高齢者の暮らしに張りを与え、健康維持にもよい効果があるようです。その反面、お世話が負担になるなど、高齢者ならではの心配も…。NPO法人 動物介在教育・療法学会副理事長の的場美芳子先生に、高齢者とペットの幸せな関係についてうかがいました。

ペットが与えてくれる心の癒し

「アニマルセラピー」という言葉があるように、動物は私たち人間の「ふれあってつながりたい」という欲求に応えて、癒しを与えてくれる存在です。その癒し効果は、直接触れなくても、そばにいるだけでも得ることができます。

例えば、「犬と人間が互いの目を見つめ合うことで、双方に“愛情ホルモン”とも呼ばれるオキシトシンの分泌が促進される」といわれています。夫婦間でも、なかなか見つめ合うなんてことはできないと思いますが、そういうことができる相手がいるというのは、幸せなことす。しかも、犬や猫は気配を感じ取るのが得意。飼い主の気配を感じて、いろんなことを察してくれるので、一緒にいて楽な存在だと思います。

現場レポート『人生100年時代、人もペットも幸せに シニア世代のペットとの暮らし』では、猫と暮らす高齢者の方々が紹介されていました。70代以降の世代は、幼少期に「猫を飼っていた」「近所に地域猫がいた」という人も多いので、犬よりも猫のほうがなじみ深い人が多いのかもしれません。また、若い世代に比べて高齢世代のほうが猫アレルギーが少ないということも、飼育を後押ししているのかもしれませんね。

高齢者施設でのアニマルセラピーAAI学術研究活動

健康維持にも、うれしい効果

ペットを飼っている高齢者は、生活への満足感ともいえるQOL(クオリティ オブ ライフ)が高くなるという調査研究もあります。生活の質が向上する理由のひとつが、ペットとの暮らしで生まれる生活習慣です。

犬を飼っているひとり暮らしの80代女性の例を紹介します。
彼女は、夜更かしをした翌朝など、起きられないときがあるけれど、6時半頃には飼い犬が空になったフードボウルをカランカランと鳴らすそうです。それでも、起きられずにいると、犬はそれをくわえて持ってきて、冷たいステンレスのボウルを主人の顔に押しつけるのだとか。彼女は「そこまでされると、さすがに起きますよ」と、笑っていました。ほかにも、お散歩の時間になると、リードと主人の顔を交互に見て、行きたそうにじーっと見つめるから、行かざるを得ないとも。
このように、自分が面倒をみてあげないといけないペットの存在が生活に張りを与えると同時に、生活リズムを規則正しくしてくれます。
ペットとのふれあいが、飼い主の身体機能や認知症予防の刺激として役立つこともあります。

次にご紹介するのは、セラピー犬を連れて高齢者施設を訪問していたときの体験です。
入居者のおひとりに、手に強いこわばりがあって自力で開けない方がいました。その方に犬用のフードを握ってもらって、犬に与えてもらう試みをしたんです。犬は手の中にフードがあることはわかっていても、しっぽを振りながら嬉しそうに待つばかり。それでも、手は開かない。そうすると、介護スタッフが1本1本、その方の指を開いていくのですが、セラピー犬は訓練を受けているので、完全に手が開いて「どうぞ」と言われるまで、いつまでも待っているんです。

訪問のたびに、そんなやり取りを繰り返していましたら、その方の手はとうとう開くようになりました。今までどんなにリハビリをしても効果がなかったそうですが、犬にフードを与えたい一心で、手の機能を取り戻すことができたんです。動物とのふれあいには、そうした力があるんです。
ペットとの触れ合いが、飼い主の身体機能や認知症予防の刺激として役立つこともあります。

「特別養護老人ホーム 東橋本ひまわりホーム」でのアニマルセラピーAAI学術研究活動

【犬猫との暮らしで期待できる健康効果】

●話し相手になってくれる
動物はしゃべらないけれど、飼い主の言葉に反応してくれます。
話し相手がいると、孤独感は消え、精神の安定に役立ちます。

●規則正しい生活になる
食事や散歩など、ペットの世話をするために、自然と生活が規則正しくなります。

●五感を刺激してくれる
猫の毛づくろいの仕草を見ているだけでも、飽きないものです。
なでたときに伝わる体温や毛の感触、においなど、五感から入る刺激が脳を活性化してくれます。

高齢者が犬や猫と暮らす際の注意点

ペットとの暮らしは、心身にさまざまな効用をもたらす反面、お世話の負担や、自分が体調を崩した場合など、高齢者ならではの心配もあります。そうした心配をできるだけ軽くするための注意点をご紹介しましょう。

ペットが感染症にかからない注意をする

猫は室内で飼う、犬は外に出す場合は必ずリードにつなぐ、ということを徹底しましょう。外で自由に動きまわると、感染症のリスクばかりか、ペットが事故にあうリスクもあります。猫の場合、「外に出られなくて、かわいそう」と思う人もいるようですが、動物は与えられた環境しか知らないので、外に出られないから不幸ということはありません。

飼い主自身も感染症予防をする

免疫力が低下しているときにケガをすると、感染症を発症することもあります。猫の爪は定期的に切り、引っかかれたときは必ず消毒しましょう。万が一、傷口が腫れてきた場合は、病院を受診して抗生剤を処方してもらうなど用心を怠らずに。

また、飼い主の傷口にペットのよだれがついて感染症になる場合もあるので、ペットの口腔ケアも大切です。ペットの歯周病を予防するサプリメントなどを利用するのもいいでしょう。

ケージに入れる練習を

ケージは、ペットを動物病院に連れて行くときだけでなく、災害で避難所に行くときや、自宅に動物が苦手な人が訪問したときにも役立ちます。
例えば、訪問介護やシッターさんに動物アレルギーがある場合、飼い主がサービスを受けている間はケージに入れておくことができます。飼い主だけでケージに入れる練習を行うのが難しい場合は、家族に手伝ってもらったり、ドッグトレーナーやキャットシッターなどに依頼するといいでしょう。

自分の万が一に備える

飼い主自身に万が一のことがあった場合、ペットの世話を誰に依頼するかということも、考えておく必要があります。
ペットの預け先や譲渡先に関する情報は、動物病院やペットシッターなどから得ることができます。その意味でも、信頼できるかかりつけの動物病院を持つことは重要です。自分の経済状態や家族構成も理解してもらった上で、ペットのことを何でも相談できる獣医師を納得いくまで探しましょう。

また、ペットシッターさんと良好な関係を築くには、たまには自分が在宅のときにも利用するのがおすすめです。爪切りやトイレの掃除を依頼しつつ、ペットに関する相談にのってもらうといいでしょう。

独居の親がペットを飼っている場合、家族が注視すべきポイントは?

ひとり暮らしの親を訪ねるとき、ペットの飼育状況から親の健康状態がわかることもあります。例えば、「ペットの毛が毛玉になっている」「ペットの口臭がきつい」「水の容器が空のまま」など。この場合、親になんらかの不調があって、ペットの世話が十分にできていないことが疑われます。家族が遠く離れている場合は、親が居住する地域の町内会長や民生委員の方に、先に挙げた注視ポイントをお伝えしておくのもいいでしょう。

ペットはソウルメイト。気にかけて絆を大切に

犬にしろ猫にしろ、縁があって出会い、飼うようになったということは、お互いに何か通じ合うものがあったということです。そんなペットとの関係は、「ソウルメイト」という表現がふさわしい気がします。より深く通じ合えるために、飼い主は犬や猫の気持ちを察してあげる努力を怠らないでほしいと思います。

大切なのは、いろいろな洋服を買ってあげたり、高級なフードを買ってあげたりすることではありません。「おなかが痛いのかな?」と気づかったり、「このフードは好きじゃないのかな?」、「寂しい思いをしていたのかな?」と察してあげられる関係性が大事です。そんなペットとの絆が、老後の生活を豊かなものにしてくれるでしょう。

愛犬とともに過ごす的場先生

Profile

医科学博士まとばみよこ先生のお写真

医科学博士
的場美芳子(まとばみよこ)先生

株式会社プロキオン 的場動物病院 取締役。NPO法人動物介在教育・療法学会副理事長、大規模災害時の被災動物救援に関する指針検討委員会委員(NPO法人アナイス)ほか。北里大学大学院医療系研究科博士課程(医科学博士)修了。専門は、動物介在療法(AAT)および動物介在教育(AAE)で、そのコンサルおよびアニマルセラピーに関わる人材やセラピードッグの育成に携わる。動物病院での犬の問題行動修正トレーニングの指導や住宅メーカー(ペットとの共生住宅)のコンサルなど幅広く活躍。著作・監修に、『「アニマルセラピー」入門 あなたの愛犬がセラピードッグになるまで』など。

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