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おいしさをつたえる食育―豊かな感性と味覚を育む生涯学習

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食育ジャーナリスト
砂田 登志子
日本における食育の第一人者として30年来活動してきた砂田先生に、おいしさと食育についてお話をうかがいました。
おいしさは人生の幸福につながる
 食は「おいしい」ことが一番大切だと私は考えています。おいしくて楽しい食事は心の栄養となります。ほっぺたが落ちるようなうれしい体感、体験、体得が多いほど豊かな人生となり、“口福”が幸福につながっていきます。
 ところが日本には、これほど豊富に食があふれているのに、幸せを感じている人は驚くほど少ないのが現実です。世界保健機構(WHO)による国民の幸せ度・満足度の調査によると、世界187カ国のうち日本は90位です。日本は世界一の長寿国。経済も2位、日本食のすばらしさは世界中から注目されているのに、なぜ幸せに結びつかないのでしょうか。これは、食に関する学習の乏しさと食の優先順位の低さが要因だと考えられます。おいしく楽しく味わうように子どものうちから刷り込み、身につけなければ、食事から幸せを感じられません。豊かな人生を送るために、食育は不可欠です。
欧米諸国の食育は30年以上前から
 「立派な食文化があり長寿国なのに、日本人の食への関心が低いのはなぜだろうか?」私がそんな疑問を抱いたのは30年以上前、ニューヨークタイムズ東京支局で働いていた頃にさかのぼります。当時、欧米諸国では既に食育への関心が高まっていました。米国やヨーロッパなどの主要な新聞には、食・栄養のページやコラムが確立し、諸問題が日々取りあげられていました。
 ところで日本では、医師に比較して、栄養士の認知度は低く、料理記事は別として、食のテーマが有力メディアに掲載されることは体育・スポーツよりずっと少ないままでした。栄養学博士の学位を取得する専門機関もほとんどないのが実情でした。
 米国では1969年にホワイトハウスの主導による食育が始まっていました。1979年の国際児童年には、連邦政府予算を投じて子ども向けの食育絵本を出版し、全米の小学校に配布しました。
 私は日本でも、積極的に食の楽しさや大切さを伝える食育を展開すべきであると30年来、訴え続けてきました。ようやく2005年に食育基本法が成立し、食育という言葉は社会に広く浸透してきました。心からうれしく思っています。
自分の健康を自分で守る生涯学習
 欧米の食育は、自分の健康を自分で守る、自ら食を上手に選んで組み合わせる、つくる能力を子どものころから身につけることを目指す学習です。この「健康は自分で守る」という意識が、欧米に比べて日本人には希薄です。肥満やメタボリックシンドロームが社会問題となっている現代こそ、幼児からの食育によって、自ら生活習慣病を予防する必要性が高まっています。昔よりも一人っ子が多く、自分で食事を選択する場面も多い時代だからこそ、食育を早くから実践し、ひとりでも賢く上手に食べるよう支援する活動はとても大切です。
漢字をつかった食育
 欧米諸国の食育絵本で印象深いのは、どの教材もカラフルで魅力的。わかりやすく、子どもの五感に直接うったえかける内容となっています。子どもの人気キャラクターがシェフになって登場します。子どもをワクワク楽しませる教材が、食はおいしくて楽しいものという参加体験を増やして、食に対する関心を育みます。
 「日本でも子どもから大人まで楽しく学べる食育を考案したい」という思いから、私が試行錯誤を重ねて30年来実践している方法が、漢字をつかった食育です。古代人の心のアニメ、タイムカプセルである漢字を、イラストレーターに依頼して、カラフルでわかりやすく、塗り絵化し、食の大切さや奥深さを理解できるよう工夫しています。
 「食」という漢字を示しながら、「食は人に良い、人を良くすると書くのよ。人に悪いショックにならない学習が食育よ」と話すと、子どもは目を輝かせて聞いてくれます。(図1)「舌」という漢字は千の口と書きます。舌のイラストを見せて、「食べ物を千回かんで食べている人は健康になる」「よくかんで味わって食べれば、千の旬の味、季節の味覚がわかるようになる」と呼びかけます。子どもは噛みしめ味わって食べる大切さを理解します。よく噛んで食べなくちゃダメと諭されてもなかなか実行できませんが、教材が楽しく興味を覚えると、自らよろこんで実践します。
図1 人を良くする「食」
食の楽しさを伝える
 私が目指すのは、誰でもおいしく楽しく参加できる食育体験です。ですから、食育の推進は決して母親の負担を増やすことではありません。すべて手作りすることや、自然を強要することなく、ファーストフードや外食、中食、加工食品も必要なときは利用してもいい。多忙な現代人は手作りも手抜きも共存すべきです。何を選んでも賢く上手に組み合わせ、楽しくおいしく食べるという行為が大切です。
 食事から得られる喜びには、食べる喜び、つくる喜び、もてなす喜びがあります。子どもが上手に食べられたらほめて励ます、上手につくれたら、またほめる、さらに食で誰かをもてなすことができたらもっとほめる。こうしたできないことができるようになる達成感が自信につながり、その喜びや感動の記憶こそ、胃袋だけでなく心も満たし、豊かな感性と味覚を育みます。
 おいしさや楽しさを軽視して、食事内容を厳しく取り締まる警察官的な栄養指導は、あまり効果があがりません。データだけで人は幸せにはなれません。科学や栄養学に、さらに心をはぐくむ食育が加わって初めて幸せと満足が得られます。
 食育は体育の分母(もと)であり、食育と体育は車の両輪です。日本には「体育」の専門家は沢山いるのに、「食育」の専門家はまだ少ないのが現状です。昨今、「学歴より食歴」と実感する事例が少なくありません。食育は幸せな人生への健康投資です。食育にかかわる調理師、栄養士、子育て中の母親や父親は、食育が幸福を運ぶ活動であることを忘れず、誇りを持って取り組んでいただきたいと思います。
 食育は命、愛、絆、家族、家庭、未来を育み、健全な社会をつくる土台です。これからも食育活動を通じて、健康づくりと、より良い社会づくりを支援していきたいと考えています。
砂田 登志子(Sunada Toshiko)
食育ジャーナリスト

ニューヨークタイムズ東京支局記者、ボストン・コンサルティング・グループ研究員を経て食生活・健康ジャーナリストとして独立。現在、内閣府「食育推進会議」専門委員などを務める。
専門は食育と日欧米食生活比較研究。
主な著書に、「みんなで食育」(全国農業会議所、2006)、「楽しく食育」(潮出版社、2005)、「漢字で食育」(求龍堂、2001)、「今こそ食育を!」(法研、2000)など。
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