
千口圭介研究員(左)と斎藤幸恵研究員(右)
私たちの肌は、一年中乾き続けている。冬の乾燥はもちろん、夏の強い日光や紫外線など、現代の肌を取り巻く環境は季節を問わず過酷だ。実際、花王の調査*1では、冬場だけでなく夏場であっても、半数以上の人が乾燥に悩んでいることがわかっている。
「どれだけ入念に保湿しても、ケアしたそばから乾いてしまう」——
そんな切実な徒労感が漂う背景には、一時的な洗顔後のつっぱり感というだけではなく、ダメージの蓄積によって、肌本来の水分保持力が失われつつあるという本質的な課題があった。
これまでの乾燥対策は、洗顔後に化粧水や乳液で「フタ」をして水分を閉じ込めるアプローチが主流だった。しかし、受け皿となる角層の水分保持力が低下したままでは、後から与えるスキンケアもポテンシャルを発揮しきれないと想定される。
フタをして水分を閉じ込めるのではなく、「角層本来の水分保持力を高める」新たなアプローチへ。花王の研究チームは、スキンケアのファーストステップである洗顔に着目し、これまでの常識を覆す、まったく新しい技術の開発に乗り出した。
本来は「落とす」ステップである洗顔が、なぜ水分保持力を高める攻めのスキンケアになり得たのか。数々の難題をクリアし、新たな扉を開いた研究員たちの挑戦に迫る。
*1 調査出典:花王による20~69歳の健常女性を対象とした乾燥意識調査(冬場:2020年1月~2月 n=172、夏場:2025年7月~8月 n=161)
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どれだけケアを重ねても乾いてしまう肌。その大きな原因について、製剤開発を担当した千口圭介さんは、一人の生活者としての実感からこう振り返る。

千口 圭介(ちぐち けいすけ)
花王株式会社 スキンビューティ第2研究所 研究員。2020年 花王(株)に入社。スキンビューティ第2研究所において皮膚洗浄料の開発に従事。
「多くの保湿製品があるのに、乾燥に悩む人は増えているように感じていました。私自身も悩んでいた一人として、ケアを重ねても改善しないのは、受け皿となる肌の『土台』が、そもそも水分を受け入れる状態になっていないからではないか、と考えたんです」
基礎研究に携わった斎藤幸恵さんも、同じように生活者としての原体験を持っていた。

斎藤 幸恵(さいとう さちえ)
花王株式会社 スキンビューティ第2研究所 研究員。2014年 花王(株)に入社。スキンビューティ第2研究所において肌に関する基盤研究に従事。
「私も、洗顔後に化粧水がなかなか肌に入りにくいと感じ、次の乳液を塗るまでに少し時間を置いてからスキンケアを行っていた時期がありました。だからこそ、洗顔そのものが、その後のスキンケアを受け入れる『土台』になってくれたら、非常に価値があると感じたんです。洗顔料に含まれる成分によって、肌の『土台』を変えることはできないか。その発想を起点に、開発に臨みました」
しかし、洗い流すという洗顔本来の役割の中で、肌の土台を変えるために、狙った成分を作用させることは、極めて困難を伴う。
「洗顔は、すすぎの時に成分が洗い流されてしまう。不要な汚れは落としつつ、肌の土台である『角層』そのものをいかに変えられるか。そこが何より難しいポイントでしたね」(斎藤さん)
一見、相反するふたつの目的。そのカギは、花王が15年以上にわたり積み上げてきた「汚れを落とす洗浄成分」の意外な作用にあった。
●肌の土台を整える「洗顔」への着目
ケアしても乾きやすいのは、肌の土台が水分を受け入れる状態になっていないからではないか、という仮説から洗顔に着目。
●「汚れ落とし」と「水分保持」の技術的ジレンマ
不要な汚れはしっかり落としつつ、洗い流す工程で角層そのものの水分保持力を高めるという、相反する機能の両立に直面。
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花王は1890年の創業以来、130年にわたり「顔を洗う」を追求し続けてきた。1980年には、石鹸主流の時代に「つっぱらないペースト状洗顔料」を発売。2011年には、肌のうるおいを守りながら洗う技術「SPT(“洗うスキンケア”)」を開発するなど、常に生活者の声に向き合い、洗浄技術を進化させてきた歴史がある。
しかし、今回の発見は、これまでの「うるおいを守る」常識とは一線を画す。
ブレイクスルーのカギは、花王が15年以上に及ぶ研究を重ねてきた洗浄成分「オレフィンC16スルホン酸Na」だ。従来は不要な皮脂を「落とす」ための成分だったが、水ですすいだ後に、実は「水分を抱え込む」という、正反対のポテンシャルを秘めていた。

オレフィンC16スルホン酸Naの構造式
開発の手がかりは、初期の試作品を使用したある社員が、すすぎ直後の肌に抱いた「まるで水をまとっているみたい」という素朴な実感だった。この現象を科学的に解き明かす道のりを、千口さんはこう語る。
「最初は感覚的な気づきでしたが、現象の本質を捉えるのが難しくて。そこで、原子間力顕微鏡などを駆使してかなり密な検証を重ねることで、ナノレベルの緻密な現象であることを発見し、ようやく実態を捉えられました」
解明されたのは、すすぎ時に水中の天然のミネラル成分(カルシウムイオンなど)と結びつき、水分と角層が一体化して「水分保持」をアシストする独自のメカニズムだ。
「処方に配合した段階で、汚れを落とす機能を持っているのですが、すすぎの水に触れた瞬間、その機能が切り替わるんです。うるおいの上に膜を張って閉じ込めるのではなく、水道水のミネラルを利用して成分が自ら水を抱え込み、それが角層と一体化することで、角層自体の性質を変えていく。そこが、これまでと根本から異なる新しいアプローチですね」(千口さん)
すすぎの水と触れた瞬間、オレフィンC16スルホン酸Naは汚れを落とす役割を終え、水分を抱え込む機能へと完全に切り替わる。すすいだ段階ですでに洗浄機能を失っているため、デリケートな肌に余計な負担を与えることなく、純粋に「水分を抱え込む」役割だけに徹することができるのだ。
これは従来の洗顔と比べると、うるおいに対する「考え方」そのものが根本的に違う。
一般的な保湿系洗顔は、洗い流した後の肌に保湿成分をいかに残すか、に着眼して設計されているものが多い。ただしこれは化粧水を塗布するよりもずっと少ない量の保湿成分を補うだけであり、角層自体を変えるわけではない。さらに、保湿成分は肌の上に不均一に付着するため、その隙間から水分が逃げてしまう。これでは一時的な乾燥抑制に過ぎず、うるおいを長く持続させることは難しかった。
対して本技術は、一時的にうるおいを外から補うのではなく、角層と水分を一体化させ水をまとわせる。つまり、角層本来の「水分保持力」そのものを引き上げることで、洗顔を「乾燥を防ぐための守りの時間」から、「角層の水分保持力を高める攻めの時間」へと変えていく、まったく新しいアプローチだ。

水分保持アシスト成分が水中のミネラル成分と結合して水を抱え、
薄く均一に角層に付着している様子(水分保持アシスト技術)
肌を形成する角層(約20μm)を「東京スカイツリー」の大きさに例えるなら、この水分を保持する成分はわずか「スマートフォン」ほどの極小サイズ。なんと角層全体の5000分の1というナノレベルの極小成分が、すすぎの瞬間、水を抱え込んでぎっしりと緻密に整列し、角層と一体化するのだ。角層そのものの水分保持力を高めていく新しいアプローチ、これこそが『水分保持アシスト技術』である。
●汚れを落とす成分が「水分保持」する新メカニズム
本来は洗浄成分である「オレフィンC16スルホン酸Na」が、すすぎの水と反応した瞬間に、洗浄する機能を終え、角層の水分保持をアシストする機能へと切り替わる新たな特性を解明。
●角層と水分を「一体化」させる画期的なアプローチ
保湿成分が付着するだけの従来法とは異なり、極小サイズの水分保持アシスト成分が角層と水分を一体化させることにより、角層そのものの水分保持力を底上げする。
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本成分が発揮する高い水分保持力は、実験において驚くべき数値を示した。水中のミネラル成分と結びついた水分保持アシスト成分を、室温で2週間放置する過酷な乾燥試験。その結果、成分は水を抱え続け、しっとりとした状態(水分量9.4%)を維持したのである。

完全に乾いて粉末化した一般的な洗浄成分である石鹸と水中のミネラル成分の反応物(脂肪酸カルシウム・水分量0.8%)と比較して、実に約10倍以上の水分量に相当する。しかし、この高いポテンシャルを実際の洗顔料へと落とし込む工程は、困難を極めた。千口さんが当時を振り返る。
「洗顔中にすべてを同時にやろうとすると、水分保持アシスト成分も汚れと一緒に流されてしまいます。だから、洗う時は『落とす』ことに専念し、すすぎの水に触れた瞬間に水分保持機能が作動する。この、すすぎの水をスイッチとした『機能のモードチェンジ』で、相反する機能を両立させました。ただ、洗顔料では初めて配合する成分のため安定配合はまったく未知の領域で、延べ200回以上の検証を重ねることになったんです」
この有用性を肌で実証するため、研究チームは採取した洗浄後の角層一層分を、乾燥環境(20℃・湿度40%)に静置した後、赤外分光法により水分保持力を評価した。その結果、洗浄後にもかかわらず、角層の水分保持力が一般的な石鹸系洗顔料と比較して有意に向上する実証データが得られた。

角層の水分保持力評価
「これまでの洗顔では、角層を悪化させないように『現状維持』することが精一杯でした。でも今回は、洗浄後にもかかわらず、洗う前よりも角層が水分を抱えている。その数値を目の当たりにしたとき、これなら本当に良い技術ができる、と確信した瞬間でした」(斎藤さん)
●約「10倍」の水分保持力
室温で2週間放置しても、水分量9.4%のしっとりした状態を維持。一般的な石鹸系洗顔料に配合されている洗浄成分の約10倍以上の水を抱え続ける。
●すすぎの水をスイッチとした「機能のモードチェンジ」
洗顔中は「落とす」ことに専念し、すすぎの水に触れた瞬間に初めて「水分保持機能」がオンになる特性を、200回以上の検証の末に両立。
●洗う前よりも「肌が水を抱える」ことを実証
「現状維持」が限界だった洗顔の常識を覆し、洗浄後でありながら、洗う前より一般的な石鹸系洗顔料と比較して角層自体の水分保持力が有意に向上することを証明。
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角層と水分を一体化させる革新的なメカニズムは、実際の肌にどのような変化をもたらすのか。花王の研究チームは、客観的な物理データと感覚評価の両面からその効果を徹底検証した。
これまでの常識を覆し、洗い流すたび、肌本来の水分保持力を底上げしていく新技術。その実力を証明する、4つのデータを紐解いていく。
【高い水分量をキープ】
時間が経過してもうるおいを保つ肌へ
1つめの実証データは、洗顔後の角層水分量の推移だ。一般的な石鹸系洗顔料は、洗顔直後こそ一時的にうるおうものの、時間経過とともに水分量が低下していく。しかし、本技術で洗った肌は、高い角層水分量を維持することが証明された。

洗顔後の角層水分量
「上から塗り重ねるケアだけでなく、スキンケアの最初のステップである『洗顔』で肌を変える。そうした洗顔にしかできないアプローチにこだわったからこそ、実証できたデータだと思っています」(千口さん)
「化粧水や乳液の後に水分量が上がるデータはよく見られますが、今回は最も水分を失いやすい『洗浄後』というタイミング。一時的なつっぱり防止ではなく、角層そのものの水分保持力を底上げできたことを裏付けるデータです」(斎藤さん)
【つっぱり感の低下】
洗顔直後から続く水分保持作用
多くの人が洗顔後に抱く「すぐにつっぱる」という不快感。洗顔2分後の主観評価において、本技術は一般的な石鹸系洗顔料と比較してつっぱり感を大幅に低減させるデータを示した。

洗顔後の肌感覚の評価
「乾燥悩みがあることで、自分の肌に自信が持てなくなってしまう方は少なくありません。つっぱりを感じやすい洗顔直後からしっかり水分保持作用を発揮するこの技術を通して、素肌の健康を取り戻し、洗顔の時間が今よりも楽しいものになればうれしいですね」(千口さん)
【なめらかさを実感】
手触りでわかる肌の質感変化
洗顔20分後、肌が落ち着いた段階での手触り(粗さ)の主観評価でも、有意に「なめらか」だと感じる結果が得られている。この心地良い手触りの裏付けとなるのが、物理データである「摩擦係数の低下」だ。研究チームはプローブ型摩擦機を用いて洗浄後の肌の摩擦係数を測定したところ、一般的な石鹸系洗顔料よりも、本技術で洗った肌の方が低い摩擦係数を示した。

洗浄後の肌表面の摩擦係数
「手で肌に触れたときのなめらかさを、物理データが裏付けています。ガサガサとした引っ掛かりがなく、肌の上で指がすべるようななめらかな感触。それこそが、心地良さの物理的な正体なんです」(斎藤さん)
【化粧水のなじみ向上】
スキンケアのポテンシャルを引き出す
本技術がもたらす大きな価値の1つが、次に使うスキンケアのなじみ向上だ。赤外分光を用いた評価によって、肌上のキメレベルでの化粧水なじみを検証した。一般的な石鹸系洗顔料で洗った肌は化粧水を弾いてムラになるのに対し、本技術で洗った肌は、化粧水成分が均一に広がり行き渡ることが可視化された。

洗浄後の化粧水成分の分布状態評価
水分保持アシスト成分が、角層と水を一体化させることで水分を抱え込み、肌表面が水となじみやすい「親水的な状態」へと変化するため、後から使う化粧水も肌に均一に行き渡りやすくなるのだ。
「私自身、化粧水がなかなかなじまないのが悩みでした。でも、この技術で洗った肌はスキンケア時の感触がまったく違って。実際に測定してみると、一般的な石鹸系洗顔料ではなじみにくかった化粧水が、肌の溝にも丘にも均一に行き渡ることがわかりました。次に使う化粧水が浸透しやすい、というような感想もたくさんいただいています」(斎藤さん)
●「水分保持アシスト技術」が作用した肌の特長
・洗う前より、高いうるおいが続く
・洗顔直後も、つっぱり感が少ない
・手ざわり(指ざわり)がなめらか
・次に使う化粧水が、なじみやすい
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確固たるデータで示された技術は、モニターの体験でも驚きの反応となって現れた。斎藤さんは、その「実感の早さ」に驚いたという。
「従来の開発では、肌の本質的な変化を実感するまでには、4週間程度使い続けるのが一般的でした。しかし今回は、3日や1週間という早い段階から『肌の感じが全然違う』というお声を数多くいただいたんです。そのスピード感は本当に印象的でした」
洗顔直後から水分保持作用は働くが、肌そのものの本質的な変化を感じ始める目安としては1週間*2。洗うたびに土台を育み、自ら水分を抱え込める肌へと導いていく。
「洗顔直後に実感できることはもちろん重要ですが、これは使い続けてこそ真価がわかる技術だと自負しています。一時的な満足で終わらず、多くの方に愛される技術にできるよう、これからも技術を磨いていきたいですね」(千口さん)
長年にわたり、単に「汚れを落とすもの」と定義されてきた洗顔。しかし花王の研究チームが結実させたこの技術は、その常識を根本から塗り替える。
「汚れを落とす」と「水分保持力を高める」を両立させるという難題を乗り越え、洗うたびに、自ら水分を抱え込める肌へ。毎日の洗顔は今、素肌そのものを変えていく最先端のスキンケアへと進化を遂げた。
*2 調査出典:花王によるモニター調査(自分の顔の肌が、ストレスや環境変化、加齢によって元気ではなくなってきていると感じる30〜50代の女性 n=135)において、1週間使用後に71%が「肌の状態がよくなってきた」と回答。
●「実感の早さ」と確かな水分保持力
3日~1週間で肌の違いを実感する声が多数。洗顔直後から水分保持作用を発揮し、継続して使用することで角層本来の水分保持力を底上げする。
●「1週間」で肌そのものの変化を実感
毎日の洗顔を1週間継続することで、モニターの多くの方が、洗顔後のうるおいやなめらかな手触りなどの肌への確かな手応えを感じている。
●「汚れ落とし」から「肌を変える洗顔」へ
従来の「汚れを落とす」概念を覆し、毎日の洗顔自体が角層の「水分保持力を高める」という新たなスキンケアへと進化。
Text by 水落祥