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栄養士はもっと活躍できる――やりたい仕事の実現に向けて

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株式会社Taste One 代表取締役社長
マルシェ株式会社 社外取締役
田中 浩子
管理栄養士でありながら、ご自身で会社を設立し、大学院で経営学の勉強もしている田中先生。栄養士の枠を超えた幅広い活動についてお聞きしました。
日本の栄養士をとり巻く環境
 日本ではこれまでに約85万の栄養士免許が発行されていますが、ほかの食・健康関連の職種と比べると栄養士が活躍する場はまだまだ限られています。これは、私たち栄養士が人々のニーズに応えてこられなかった結果ともいえます。例えばダイエットをしようとする人はたくさんいますが、その中で真っ先に栄養士に相談しようと考える人は少ないように思います。実際、栄養管理をする際の料金体系も決まっておらず、気軽に相談できるようなシステムも整っているとはいえません。また、フードビジネスにおいても、外食、中食、内食などさまざまある中、栄養士が携わっている領域は狭いように感じます。栄養士の多くが豊富な知識と高い栄養指導能力を持っているにもかかわらず、人々の「もっとおいしいものが食べたい、健康でありたい」という願いに応える存在としては、十分に認識されていないのが現状です。
 では、どうしたら一人ひとりの栄養士がもっと能力を生かしていけるようになるのでしょうか。私が大学院で経営学を学ぼうと思った理由の一つも、その解決の糸口を見つけたかったからでした。
栄養士のビジネスマネジメントを始めた理由
 私の社会人として初めての仕事は、母校での実習助手でした。大学を卒業後、専業主婦として過ごしていた私に恩師が声をかけてくれたのがきっかけでした。通算5年ほど大学で働いたことで、助手を辞めてからも卒業生とは学年を超えた交流が続きました。そのため、求人や転職相談をはじめとする情報が、私のところに集まってくるようになりました。当時は携帯電話もなく、それぞれの栄養士が必要とする情報をうまく配信していくのは大変でしたが、1997年からはインターネットを利用し始め、メールを使って活発な情報交換が行えるようになりました。また、ネット上の交流だけでなく、実際に集まって勉強会も開きました。結婚や出産でブランクがある人や、職場に栄養士が一人しかおらず、同じ栄養士からアドバイスを得る機会がない人のために、栄養指導のトレーニングなどを行いました。
 栄養士のネットワークとしてうまく機能するようになると、企業などから仕事の依頼が来るようになりました。しかし、ビジネスとして引き受けるためには、責任の所在を明確にしなければなりません。そこで私は、自宅の一室に電話とFAXとパソコンを持ち込んで、栄養士のビジネスマネジメントを行う会社を立ち上げました。会社を経営したかったというよりも、どちらかといえば必要に迫られての起業でした。
食堂が変われば利用者の食事も変わる
 栄養士のビジネスマネジメントが軌道に乗ってからは、企画の仕事も並行して取り組みました。中でも、今行っているコンサルティングの仕事につながる大きな機会となったのが、給食会社の依頼で行った百貨店の従業員食堂の改善です。
 事業所給食は歴史も長く、制度化されて成熟している印象がありましたが、実際にやってみると改善点がたくさん見つかりました。私は給食の知識がほとんどなく、利用者と同じ視点を持てたことも良かったのかもしれません。調理の現場を知っていると、どうしても設備や調理スタッフ、オペレーションなどを優先して考えてしまいますが、利用者にとっては誰がどう作ったかなどということは関係ありません。大事なのは、利用者との接点であるカウンターに何が並んでいるかです。また、従業員食堂の場合は毎日使う人が多いので、メニューが日々どう変化していくかも大きなポイントです。そこで、小鉢のメニューは全体の7割を毎日替えていき、1個の量と値段を下げることによって、複数とってもらうよう工夫しました。また、組み合わせ定食やフルーツバイキングなどイベント的なものも取り入れました。
 給食における栄養士の仕事で大事なのは、やはり衛生管理やメニューを立てることだと思います。しかし、せっかく衛生・栄養に気を配ってつくられた食事も、箸をつけてもらえなければ意味がありません。「おいしそう、食べたい」と思える料理が並んでいて、それを利用者自身が組み合わせ、継続的に食べていくことで元気になるというのが理想的ではないでしょうか。実際に、この改善に取り組んでからは、利用者1人当たりの野菜の仕入れ量が2倍近くになりました。また、日本は果物の消費量が少ないといわれ、この食堂でも平日に果物をとる人は8%ほどですが、月に2回のフルーツバイキングは利用者の約4分の1が利用し、1人当たり果物とヨーグルトを合わせて200g近くとっていきます。自分たちが行った改善により利用者の食事内容が変わっていくのは、栄養士として何よりもうれしいことです。
スポーツ学生寮のコンペへの参加
 百貨店の従業員食堂とともに私にとって大きな機会となったのが、大学のスポーツ寮のコンペに参加したことでした。その頃、スポーツ栄養をやりたいという栄養士が多いにもかかわらず、ビジネス展開が全くできていない状況でした。そこを何とかしたいという思いもあり、先の給食会社の方からコンペの話を聞いたときに、ぜひ企画書を書かせてほしいとお願いしました。
 企画は、大学の後輩でスポーツ栄養を専門としている管理栄養士と二人三脚で進めました。コンペの場合、どうしても価格競争になってしまうのですが、そうなると大手の会社の方が有利です。そこで、「一番高い価格でコンペをとる」という意気込みで、価格ではなく企画で採用してもらえるよう勝負を挑みました。
 企画内容は、栄養士の強みである「日々変化をつけられるオペレーション」と「アセスメント力」を生かしたものにしました。まず、学生の話を聞き、体の状態を把握し、一人ひとりのカルテを作ります。カルテに沿って、体づくり期、減量期、試合前など、それぞれに合わせたメニューを提供するとともに、体がどのように変化してきたかを追跡して、必要であれば食事の内容を変えていきます。また、学生への栄養教育も行います。栄養教育といっても座学ではなく、自分にとって必要なものを過不足なくとる練習が中心です。バイキング形式の食事を用意して、ご飯はどのくらいの量が適切か、野菜や肉、魚のバランスはどうかなど、実際に自分でとりながら覚えてもらいます。寮にいる間はもちろん、卒業し、現役を引退した後も自己管理ができるよう、実践的な教育を行います。
 この企画はコンペを通過し、大学のスポーツ寮の給食を受注できることになりました。今では複数の管理栄養士・栄養士が、給食会社の正社員としてスポーツ栄養を担当しています。大学側も、寮の栄養管理システムを学校案内などで積極的に紹介し、学生を募集する際の強みとしてとらえてくれているようです。
 大学のスポーツ寮で実績を挙げたことで、公共スポーツ施設の給食運営や、世界のトップレベルで戦っている選手のサポートなどの依頼も来るようになりました。スポーツ栄養がビジネスとして成立するということを証明できたという点で、今後につながる大きな意味のある仕事となりました。
新たなるステージ――総合外食産業の社外取締役に
 10年前はいけ花に熱中し、専業主婦同然の生活をしていた私ですが、自分の会社での仕事、大学院での勉強に加え、2008年6月からは総合外食産業のマルシェ株式会社の社外取締役に就任しました。
 私が会社に期待されているのは、食の専門家としてのフェアな視点です。会社側と顧客側のどちらかに偏ることなく、食の安全なども含めて公平な目線で評価していくことが求められています。マルシェ株式会社は居酒屋業態を中心に展開しており、一般客として各店舗を見て回ることもあります。メニュー、料理の味、盛り付け、店構え、店員のホスピタリティーなどチェックする項目はいろいろありますが、最終的には、自分の大切な家族や友人に「あそこのお店良かったから今度行ってみたら」と言えるかどうかだと思います。もし自信を持って薦められないのであれば、何が気になったのかを探り、改善が必要な点を明らかにしていきます。
 提供する料理は、エネルギーや塩分を表示したり、野菜が豊富なメニューも用意したりと、健康面での配慮もしています。しかし、居酒屋を利用する人の目的はさまざまで、何かイベントがあってみんなで集まるような場合もあれば、単身赴任の方が夕食を兼ねて来店されることもあります。家族で来る人もいれば、会社帰りに一人で来てサードプレイスとして利用する人もいます。そうした方たちみんなが楽しい時間を過ごすことができるよう、それぞれの目的にふさわしい、おいしい食事を出すことを考えています。
 これまで自分の会社で働いていた私にとっては、従業員数も顧客数も多い中で、自分がどう動いていけばいいのか迷うこともあります。仕事の幅が広がるにつれて課題もたくさん出てきましたが、経営学の授業を通してたくさんの事例を学んだことで、何が求められ、どう解決していけばいいかを考えられるようになりました。
もっと大きなフィールドで活躍するために
 私は、顧客視点と数字を見る力を身につければ、栄養士のフィールドは大きく広がると思います。栄養士の中には利益を出すことに違和感がある方もいらっしゃいますが、利益は顧客に受け入れられたからこそ得られるものであり、それがあるから次のステップを踏むことができるのです。給食の場合でも、新しい改善をしたいと思えば、どのくらいの需要が見込まれ、費用や利益はどの程度になるかを数値で示し、説得する必要があります。そして、そこで利益を出すことで、また新しい改善につなげることができます。例えば病院や学校などの給食でも、改善によって「食事が良いからあの病院(学校)にしよう」と評判になり、それがその病院や学校の強みの一つとなれば、栄養士がさらに活躍するためのきっかけにもなります。
 栄養士として、思うような仕事ができないと感じている人は多いかもしれません。私のところにも「コンビニ弁当の企画をしたいのに店舗でレジ打ちをしている」「給食の献立作成や栄養指導をしたいのに盛り付けばかり毎日している」といった悩みがたくさん寄せられます。しかし、コンビニ弁当の企画がやりたいのであれば、顧客が何と何を迷いどんなものを買っていくのか、どういう質問がくるのか、どんなクレームがあるのかを店舗で学ぶことは不可欠です。また、給食において盛り付けは大事な要素であり、食欲をそそるようなきれいな盛り付けができるようになることは、次のステップへ上がるために必要なことだと思います。栄養士という資格はあくまでベースであり、そこからどう進んでいくかが大事ですから、資格にこだわり過ぎず、経験を重ねてたくさんのことを吸収していけば、きっとやりたい仕事が実現できるはずです。私自身も、まずは今の仕事を大切にしながら経験を積み、そこから学んだことによって、さらに仕事の精度を高めていきたいと思います。そして自分の経験を、単なる体験談としてだけではなく、多くの後輩が活用できる形で伝えていけたらと思っています。
管理栄養士のためのブラッシュアップ実践マニュアル
田中浩子先生が管理栄養士の方たちのために知識や経験をまとめた本として、「管理栄養士のためのブラッシュアップ実践マニュアル」(化学同人、2008)、「こんなときどうする? できる管理栄養士70のスキルアップ術」(化学同人、2006)、「活躍する管理栄養士〜16人のキャリアデザイン」(文理閣、2005) 、「夢はいつか実現できる」(文理閣、2004) 、などが出版されています。
田中 浩子(Tanaka Hiroko)
管理栄養士

1988年同志社女子大学家政学部卒業。同校の実習助手を経て、1999年有限会社田中浩子事務所設立。2002年第3回京都リサーチパーク女性起業家ビジネスプランコンテスト優勝。2004年有限会社田中浩子事務所を株式会社Taste Oneに組織変更、代表取締役社長就任。2005年立命館大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了、現在、同博士課程後期課程在籍。2006年神戸女子大学非常勤講師、2007年大手前栄養学院専門学校非常勤講師。2008年マルシェ株式会社社外取締役就任。
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