花王
花王健康科学研究会 花王の研究開発活動 花王HOME
Kaoヘルスケアレポートの発行 活動内容

なぜ今、時間栄養学が大事なのか

レポートNo.36へ戻る
女子栄養大学副学長・栄養科学研究所長
香川 靖雄
日本でメタボや糖尿病が増えている理由
 日本では、糖尿病患者やその予備群が、年々増え続けています。また近年では、メタボリックシンドロームも大きな問題となっています。この原因は、飽食の時代になって、摂取するエネルギーが増えたことにあると思っている方がいるかもしれませんが、実は日本人のエネルギー摂取量は1975年ころをピークに減少を続けています。現在の平均は1日あたり約1850kcalと、終戦直後を下回る値にまで低下しました。では、エネルギー摂取量が減っているのに、なぜメタボや糖尿病が問題になっているのでしょうか。原因の一つとして、運動量が減ったこと、また高脂肪食をとるようになったことが挙げられるでしょう。しかし最近になって、運動習慣がある人の割合が増加しはじめ、脂質の摂取量もほぼ横ばい状態になっているにもかかわらず、糖尿病は増え続けています。
 糖尿病と同様に、近年増えているものがあります。それは朝食の欠食率です。「朝食の欠食と糖尿病と何の関係があるのか?」と思う方がいるかもしれません。しかし、朝食を欠食すると、体が飢餓に備えようと脂肪の合成を促進します。また、同じものを食べた場合でも、朝食を抜いて「昼食・夕食・夜食」という食べ方をすると、「朝食・昼食・夕食」という食べ方をしたときよりも、食事誘発性熱産生*1が少ないことがわかっています*2。朝に食べたものは、体や脳の活動を活発にするためにエネルギーとして消費されますが、夜に食べたものは脂肪として蓄積されやすいのです。実際に、糖尿病患者さんの朝食の量を増やして夕食の量を減らしたところ、血糖値が改善したという研究も報告されています*3
 このように、糖尿病やメタボなどの予防や治療を行うためには、「何を、どれだけ食べたか」という従来の視点に加え、「いつ、どのように食べたか」という視点が非常に大事であることがわかってきました。「時間栄養学」は、今後の予防や治療において、欠かせないものとなりつつあります。
朝の光と朝食が体のリズムを整える
 私たちの体温や血圧、ホルモン分泌などは、常に同じ値を保っているわけではなく、1日周期で増減を繰り返しています。この増減によって、私たちが活動をするのに適した時間帯、睡眠に適した時間帯、食事が脂肪として蓄積されやすい時間帯などが生まれます。
 こうした体の日周リズムは、「時計遺伝子」によってつくられています。時計遺伝子には、大きく分けて、脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)というところにある「主時計遺伝子」と、さまざまな臓器の細胞の中にある「末梢時計遺伝子」の2種類があります*4。主時計遺伝子は、末梢時計遺伝子を制御して全体の調和をとる役割があり、末梢時計遺伝子は、各臓器の代謝などのリズム形成に関与しています。
 時計遺伝子が刻む日周リズムは、実は24時間ではなく、約25時間です。24時間に固定してしまうと、季節による日の出の時刻の変化などに対応できないため、毎日約25時間のリズムを修正して、時計の針を24時間周期に合わせています。この修正で大事な役割を果たしているのが、「朝の光」と「朝食」です。もし、私たちが1日中真っ暗な部屋で過ごしたとすると、1日約1時間ずつ体内時計がずれていきますが、朝起きて光をあびることによって、主時計遺伝子が時計の針を正しく修正するのです。
 この修正は、末梢時計遺伝子では朝食をもとに行われます。そのため朝食をとらないと、主時計遺伝子の制御と、末梢時計遺伝子の刻むリズムとがずれてしまい、体に不調をきたしてしまうことがあります。また、偏った朝食では時計のずれを合わせる効果が弱まってしまうので、おにぎりやパンだけではなく、野菜やたんぱく質などもバランスよくとることが大事です。
 朝の光や朝食で日周リズムを整えるのは、夜勤などの人では難しいと思います。夜勤が固定している人の場合は、昼間の7〜8時間は部屋を真っ暗にし、起床後に光(朝日に近い青系の光)をあびて、夜間の作業中に3食を規則正しくとることによって、夜勤に適するように体のリズムを修正できることがわかっています。生活リズムが乱れると、メタボや、さまざまな健康へのリスクが高まってしまいますが、仕事上、不規則な生活をせざるを得ない人も中にはいると思います。そのような人に対し、通常の栄養・運動指導に加えて、時間栄養学としてどう対応できるか、可能性を探っていきたいと思っています。
昼夜のリズムに合わせた規則正しい生活を
 体の日周リズムは、私たちの健康と深く関係しています。米国の研究では、摂取エネルギーや運動の条件をすべて同じにして、食事や睡眠の周期を28時間周期に変えたところ、内分泌機能が乱れて10週間で前糖尿病状態*5になったという結果も報告されています*6。リズムを乱すような生活は、体に大きな負担となるのです。
 今の日本では夜型の生活の人が増えていますが、夜遅くまで残業をしたからといって、1日の時間が延びるわけではありません。1日は、誰にとっても24時間です。それならば、朝に回すことができることも、たくさんあるはずです。20〜40代では、「毎日夜ふかしをして、朝食も食べていないけれど、健診結果は良好だし特に不調もない」という人も多いと思います。しかし、表面的には健康でも、動脈の変化など、目に見えないさまざまなところに、体への負担が少しずつ蓄積されていきます。50〜60代になって、その蓄積が表面化したときに後悔しないよう、若いうちから規則正しい生活を心がけてほしいと思います。
 時間栄養学は、今後、従来の治療や予防法では、なかなかうまく改善できなかった方たちにとって、大きな助けとなる可能性があります。保健指導や栄養指導に携わっている方たちは、ぜひ新しい時間栄養学を学び、指導の中に生かしていってほしいと思います*7
今後の栄養学で重要な4つの分野
 「時間栄養学」は、最近注目をあびてきた栄養学の視点の1つですが、近年のさまざまな健康問題に対応していくためには、栄養学にも新たな視点を取り入れていかなければなりません。私は、時間栄養学を含めた次の4つの分野が、今後ますます重要になると思います(図1)。
(1)遺伝子栄養学
 日本人は、欧米人とは異なる特徴の遺伝子を持っています。その特徴を踏まえて、栄養も考えていかなければなりません。また、同じ日本人でも肥満になりやすい人、不規則な生活の影響が出やすい人など、一人ひとりその特徴は違いますので、平均値を使ってだれに対しても同じ栄養指導をするのではなく、個人差(遺伝子多型)を考慮することが必要です。
(2)時間栄養学
 これまでの栄養学では、同じエネルギー・同じ栄養素であれば、効果は同じという考え方が基本でした。しかし、食べる時刻はもちろん、食べるスピード、順序、配分などによって、効果は変わってきます。例えば、野菜を先に食べて後からご飯を食べた場合と、ご飯を先に食べて後から野菜を食べた場合とでは、血糖値の上がり方が違います。また、「平成21年国民健康・栄養調査結果の概要」では、肥満体型の人は、食べるスピードが速い人が多いという結果も出ています。
 これからは食事の内容だけでなく、「いつ、どのように食べるか」を、もっと考えていかなければならないと思います。
(3)精神栄養学
 近年、うつ病の人が非常に増えています。うつ病は、食事、睡眠、生活リズムなどに関係することがわかっており、今後、栄養学の視点からも、さらに研究を進めていかなければなりません。また、現在の栄養学は肉体労働を基本として考えられたものであるため、精神労働・頭脳労働に従事する人が増えた現代社会に即した栄養学を、発展させていかなければならないと思います。
(4)一次予防栄養学
 健康寿命を延ばすためには、「高血圧になってから、糖尿病になってから」ではなく、病名がつく前から予防を進めていくことが大事です。
 私たちの老化の鍵を握っているといわれるものに「テロメア」(染色体の末端にあるDNA)があります。テロメアは、細胞分裂をするたびに短くなります。健康寿命を延ばすためには、テロメアの短縮速度を遅くするような生活習慣を考えていくことが大事です。
 以上の4つの分野は、それぞれが独立しているのではなく、互いに、密接に関連していています。そして、これらが相互に発展していくことが、今後の栄養学の発展にもつながると思います。栄養士・保健師のみなさんも、ぜひこの4つの分野の栄養学を、積極的に学んでいってください。
図1 新しい4つの分野の栄養学
図1 新しい4つの分野の栄養学
*1 食事誘発性熱産生(DIT : Diet Induced Thermogenesis)
食事の摂取や消化・吸収にともなって消費されるエネルギーで、摂取エネルギーの約10%相当といわれます。
*2 参考:関野由香ほか, 日本栄養・食糧学会誌, 63(3), 101-106, 2010.
*3 参考:足立香代子, 栄養学雑誌, 56(3), 159-170, 1998.
*4 詳しくはKAOヘルスケアレポートNo.31 p.4をご参照ください。
*5 前糖尿病状態
糖尿病の診断基準には達していないものの、血糖が正常値よりも高い状態。「境界型糖尿病」とも呼ばれます。
*6 参考:Scheer F.A. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 106(11), 4453-4458, 2009.
*7 時間栄養学をもっと学びたいという方には、「時間栄養学―時計遺伝子と食事のリズム」(女子栄養大学出版部、2009)などが参考になります。
香川 靖雄(Kagawa Yasuo)
女子栄養大学副学長・栄養科学研究所長

東京大学医学部医学科卒業、東京大学大学院修了、医学博士。聖路加国際病院、東京大学医学部生化学助手、米国コーネル大学生化学分子生物学客員教授、自治医科大学教授、女子栄養大学教授等を経て現職。自治医科大学名誉教授。日本医師会医学賞受賞、紫綬褒章受章、瑞宝中綬章受勲。著書に、「科学が証明する新・朝食のすすめ」(女子栄養大学出版部、2007)、「ゲノムビタミン学―遺伝子対応栄養教育の基礎」(編著、建帛社、2008)、「時間栄養学―時計遺伝子と食事のリズム」(編著、女子栄養大学出版部、2009)ほか。
レポートNo.36へ戻る
上へ戻る
栄養代謝の研究開発へ