花王
花王健康科学研究会 花王の研究開発活動 花王HOME
Kaoヘルスケアレポートの発行 活動内容

エネルギー代謝研究の意義

レポートNo.15へ戻る
独立行政法人国立健康・栄養研究所 健康増進プログラム
エネルギー代謝プロジェクトリーダー
田中 茂穂
今なぜエネルギー代謝の研究に注目が集まっているのか、「日本人の食事摂取基準(2005年版)」のエネルギー必要量や、「健康づくりのための運動基準2006」の策定に関わった田中先生にお話をうかがいました。
エネルギー代謝研究は最重要課題
 エネルギー代謝に関する研究は、2001年度からの5年間、当研究所における重点調査研究業務の1番目に位置づけられ、特に力を入れて進められてきた分野です。2000年に、高い精度でエネルギー代謝を分析できるヒューマンメタボリックチャンバーという大規模な設備を国内で初めて導入し、日本人のエネルギー代謝に関する新しい取り組みに対して大きな期待が寄せられています。
 日本におけるエネルギー代謝研究はかつては盛んで、基礎代謝量や、さまざまな労働や運動の強度が分析されてきましたが、研究の目的は主に温熱環境の影響や労働活動の評価などを背景としたものでした。
 最近は肥満や生活習慣病の予防、治療の面からもエネルギー代謝の分析が重要視されるようになり、日常で意識していない活動の代謝に与える影響の分析や、必要エネルギー量や運動量の評価など、より広く一般の人の健康に深く結びつく研究へと応用分野が広がっています。
分析技術の進歩が支える研究の進展
 当研究所では、2001年度からの5年間は主に、エネルギー消費量の基準値と食事摂取基準等の栄養所要量の改定に重点を置いた研究を行い、2006年度からは、身体活動やトレーニングが代謝へ与える影響の分析を中心に解析をすすめているところです。これらの研究は主に、マスクを装着して呼気分析する古典的な方法に加え、ヒューマンメタボリックチャンバーや二重標識水法などの最新の測定法を利用して行われています。
 従来のマスクを装着する方法では、活動が制限される、長時間の測定が困難、心理的ストレスや推定値による誤差が大きい、個人差や活動中の変動を考慮することができない、といった多くの問題点がありました。より高い精度で、長時間の連続的なヒトのエネルギー消費量の測定法が望まれるなかで、ヒューマンメタボリックチャンバーと二重標識水法が確立されてきました。
精密な測定を可能とするヒューマンメタボリックチャンバーと二重標識水法
 ヒューマンメタボリックチャンバーは、6畳程度の部屋をまるごと測定エリアにしてしまった大規模な設備で、被験者が測定室内に滞在している間の室内の酸素量、二酸化炭素量を測定しエネルギー消費量を評価する装置です。日本には現在この研究所を含め4ヶ所、7台が設置されています。世界的には、アメリカ、イギリス、オランダ、デンマークなどを中心に30〜50箇所に導入されています。
 この設備を使うと、被験者の負担の少ない状態で長時間連続した測定が可能です。既存の測定法の中で、最も高い精度での分析を行うことができ、その誤差は約1%以下で、測定の時間が長いほど精度は高くなります。また、エネルギー源や運動以外のエネルギー消費量、ある食品が与える影響など一定の条件でのエネルギー消費を分析することにも適しています。
 二重標識水法は、水を構成する水素と酸素を2種類の安定同位体(2Hと18O)で標識して、その水を摂取した後に尿中に排出される安定同位体を分析して、エネルギー消費量を推定する方法です。誤差は5%程度で、ヒューマンメタボリックチャンバーには及びませんが、従来法より精度は高く、一番のメリットは日常生活と行動が変わってしまう制約を受けない点です。入浴や水泳時も含めて測定できますし、それらの運動の終了後に及ぼす影響まで含めて測定できます。また、買い物という1つの活動のなかでも、物を持つ、立ち止まって選ぶ、歩くといったさまざまな活動がありますが、これら全体の活動を反映した測定ができます。
食事摂取基準における身体活動レベルの策定
 これらの測定法を用いて、まずはじめに日本人の食事摂取基準の基礎資料とするために、典型的な日常生活において、どの程度のエネルギーを消費しているかを調べました。
 エネルギー必要量は、基礎代謝量に身体活動レベル(PAL)*1を乗じて求められますが、1999年の「第六次改定 日本人の栄養所要量 食事摂取基準」において、生活活動強度T(低い)の場合はPAL=1.3、U(やや低い)が1.5と設定されていました。
 この指標が妥当かどうかを評価するために、ヒューマンメタボリックチャンバー内で生活活動強度T(低い)に対応する生活をした場合のエネルギー消費量を測定したところ、PALは約1.5となり、実際には第六次で考えられていた値よりも身体活動量によるエネルギー消費量が多いことがわかりました。
 これらの結果も踏まえ、食事摂取基準の改定(2005年版)では、二重標識水法での調査結果に基づいて総合的に見直しを行いました。その結果、成人におけるPALの標準の値を、第六次の1.5から1.75(1.60〜1.90)に変更しました。これにより、特に運動をしていないふつうの人でも、座る、移動で歩く、家事や余暇などの日常における身体活動だけで、基礎代謝量の約1.6〜1.9倍のエネルギーを消費していることを示しました。
エネルギー代謝におけるトレーニングの影響
 脂肪をたくさん燃やしやすい体にしておけば、太りにくくなる、という研究報告があります。その理由として、脂肪をエネルギー源として利用していくことで、糖質代謝のエネルギー源であるグリコーゲンの蓄積量が保たれるため、糖質を改めて摂取する必要がなくなり、食欲のシグナルが抑えられる可能性が示唆されており、長期的にみて、食欲のコントロールも含めて太りにくくなるのではないかと考えられます。
 脂肪を燃やしやすい体となる要因の1つには遺伝が関係すると考えられていますが、マラソンランナーでは競技中にグリコーゲンを保っておくために脂肪を燃えやすくすることから、運動、トレーニングも影響することが考えられます。そこで、これまで十分にわかっていないレジスタンス(筋力)トレーニングの脂質代謝の影響を検討するために、ヒューマンメタボリックチャンバーを用いて、日常的に20年から30年レジスタンストレーニングを続けている人の代謝の分析、また、3ヶ月のトレーニングを始める前後での変化を測定しています。
睡眠時代謝量の再検討
 その他に、睡眠時代謝量についても再検討しました。ヒューマンメタボリックチャンバーで測定したところ、睡眠時代謝量と基礎代謝量はほとんど等しいという結果になりました。今までは基本的に、基礎代謝量をベースとして基準値が算出されてきましたが、睡眠時代謝量のほうが基準値や推定式をより正確に立てやすいというメリットがあるので、置き換えることができるのかどうか、今後、慎重に検討を重ねる必要があります。
これからの代謝研究における展望
 身体活動によるエネルギー消費量はおよそ500〜1,000kcal/日と、1日のエネルギー消費量の3割程度を占めます。これを「運動」と「生活活動(運動以外の身体活動)」に分けてみると、運動は、身体の組成や機能を変えることがわかっているので、長期的にみれば、エネルギー消費量に与える影響は運動のほうが大きいかもしれません。しかし、運動によるエネルギー消費量はかなり激しいトレーニングを行う人でさえ1,000kcal/日を超えることはそうありません。一般の人では、運動をした日でも200〜300kcal/日程度で、運動しない日(=0kcal/日)が多いのが現実です。したがって、運動より生活活動の方が、量的には圧倒的に多いと考えられます。また、一定の体格のもとでは、エネルギー消費量の個人差に大きく影響するのは身体活動での消費量のばらつきであり、その変動のメカニズムはまだ明確にされていませんので、大変興味深く、これから明らかにしていく価値の高い研究だと思います。
 また、全体的に連続した分析ができるようになったのは、代謝研究にとって大きな進歩だと思います。運動基準に見合った身体活動や運動量として、掃除や洗濯、子どもと遊ぶ、といった意識されない身体活動での消費についてもきちんと評価し、身体活動によるエネルギー消費量を把握し、最終的に肥満や生活習慣病の予防と対処に結びつく結果が出せたらと思っています。
*1 身体活動レベル(physical activity level:PAL)
PAL=総消費エネルギー÷基礎代謝量
田中 茂穂(Tanaka Shigeho)
博士(教育学)

1987年東京大学教育学部体育学・健康教育学科卒業、大学院修了後、東京大学教育学部助手、茨城大学教養部・教育学部(講師・助教授)を経て、2001年国立健康・栄養研究所栄養所要量研究部エネルギー代謝室長、2006年より現職。
専門は、エネルギー消費量、身体活動および身体組成の評価法、エネルギー代謝の変動要因の検討など。
主な著書に、日本人の食事摂取基準(2005年版)の活用−特定給食施設等における食事計画編−(第一出版、共著、2005)など。
レポートNo.15へ戻る
上へ戻る
栄養代謝の研究開発へ